体育会系のテニス少女だった松村さんは、実力主義の現場に身を置きたいとリクルートに就職。社会人一年目で達成率300%という記録を打ち立てるが、「心が満たされない」と起業を決意。現在はウェディング事業などを手掛ける会社の代表取締役社長として、人が“人との心のつながり”を実感できるサービスを提供している。

営業達成率300%。それでも心が満たされなかった

1990年生まれで現在27歳。このインタビューを通して起業された経緯や、松村社長のバックグラウンドを掘り下げていければと思います。まずは、幼少時代のお話を聞かせて下さい。

親の影響で小学生の時からテニスを始めて、中学でテニス部に入ってからは肌が真っ黒になるぐらい熱中していました。結局、テニスは大学まで続けたのですが、この経験が私のベースになっています。

テニスを通して印象に残っていることはありますか?

私自身は神戸市の大会で準優勝、兵庫県でベスト16に入って近畿大会に出られるぐらいの実力だったんですけど、神戸の山手にある中高一貫のお嬢様学校だったので、部員はテニス初心者や日焼けしたくない、なんていう人まで集まっていて(笑)。

学校としては強くはありませんでしたが、顧問の先生がとても熱い人で、「努力は必ず報われる」が口癖。その先生から受けた影響はとても大きいです。

どんな影響でしょう?

私が中学3年で、その先生が退職されることになってしまい・・その際、「これからは松村自身が顧問だと思って頑張りなさい」と声をかけられ、高1では副部長、高2で部長を務め、他の生徒を束ねていく役割を担いました。

その時、自分のことだけじゃなく部員全体のマネジメントといいますか、モチベーションを上げるようなコミュニケーションや、もちろん技術指導をしたり。部員を泣かせてしまったこともあるほど熱血だったんですよ(笑)。

部活一色だった高校時代を経て、東京工業大学工学部へ。意外な進路ですね。

とにかくミーハーで「東京に行きたい!」、その一心でした。ところが親が「東京に行くなら東大が一ツ橋しかダメだ」、ようは行くなというメッセージなんですけど、私はそれを逆手にとって「その偏差値なら東工大もあるよ」と返したんですね。すると「いけるものならいってみろ」と言うので、必死で勉強して無事に合格することができました。

大学でどんな勉強をしていましたか。

所属は都市計画でしたが、正直、勉強は全然しなかったです。男子生徒が9割を占める大学で、女子校出身の私は友達がなかなかできず、他にコミュニティーが欲しいと思って見つけたピザメインの飲食店アルバイトに時間を費やした大学生活でした。

そこの店長が、先ほどお話ししたテニスの顧問の先生と同じように体育会系でやる気のある人は評価するといった環境だったので、持ち前のやる気で4年間ガッツリ働いて接客を学べたことは貴重な経験です。

卒業後は、株式会社リクルートキャリアに就職。

説明会やOB訪問を経て、「この会社は、努力をきちんと評価してくれる」と実感したことが決め手でした。いわゆる社内の人間関係で出世をしていくような古い風土を持つ大手企業よりも、実力主義で、サボっていたら蹴落とされるリクルートのほうが私の性分に合っているなと。

OB訪問の際は、フェイスブックでリクルートと検索して出てきた人にいきなりメッセージを送ったのですが、そんな行動を面白がってくれる柔軟な人が多かったですし、社員の皆さん個性的な持ち味があるにも関わらず、「仕事に誇りを持って、人生を楽しんでいる」ことは共通している。さらに、仕事に対しての“熱”が感じられたことも良かったです。

どんな社会人生活でしたか。

新規営業の担当として、結果を出すことを求めて働きました。やる気を出すために立って電話をしたり、声が暗くならないように上を向いて喋ったり。電話で断られたら、ストップウォッチで計って1分以内に次の企業に電話をかけるなど、とにかくがむしゃらでしたね。

1分以内に電話を掛ける理由は?

断られた後は気持ちが落ち込んでしまうので、完全に心が折れる前に次!といった感覚です。

努力が報われ、一年目で達成率300%だそうですね。

はい。全国で表彰されて2年目からは新組織の営業部隊に配属、3年目には花形部署である大手企業の担当をさせてもらいました。

順風満帆に見えますが、3年で退職。

結果が出ても心が満たされなかった、それが退社の理由です。その結論にいきついたのは、入社前に行ったフィジー留学での経験が大きいですね。

どんな経験だったのでしょう?

フィジーはリゾート地というイメージがあるかもしれませんが、発展途上国ですから、観光地を外れると、靴を履かずに歩いている人たちが街中に溢れ、電気もガスもしょっちゅう止まるし、シャワーも冷たい水しか出ない。そのような極限の環境で暮らしていたにもかかわらず、ホストファミリーがすごく温かい人たちで心が満たされる……そんな感覚を味わいました。

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↑フィジーのホームステイファミリー。大家族でした。

フィジーからオーストラリアに渡り、環境保護のボランティアに参加し、世界中から来た人たちとドミトリーで共同生活をしながら衣食住を共にしていました。フィジー同様、不便な生活でしたが、英語が喋れない私にもメンバーたちはすごく優しくて、愛に溢れていて。

その2つの経験を通して、昨今、便利さやテクノロジーが良しとされているけど、やっぱり人の心を満たしてくれるのは“心とのつながり”なんだって実感したんです。

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↑ボランティアのチーム。自分以外の全員は、母国語が英語でした。

そんな気付きが退社に影響している?

はい。リクルートで馬車馬のように働いていた時、ふと、オーストラリアやフィジーで感じたことを思い出し、これからは自分の意思ある環境で、価値発揮をしたいと思うようになりました。

カッコイイじゃん!と、ノリで起業

その後、ウェディング関連の会社を起業された経緯とは?

最初は起業なんて考えず、人が人と本気で交ったり、心の底から喜んだりする事業に身を置きたいと、結婚関連の企業や旅行会社の説明会に参加していました。

その頃、ABCクッキングスタジオの創業者と出会うご縁があり、背中を押されて起業を決意。とはいえ、どんな事業を展開すれば良いか分からず、ただ「起業カッコイイじゃん!」と、そんなノリでしたね。

出だしは順調でしたか?

それが、全然。人の雇い方も分からない、でも株主からお金を頂いているから失うのは怖い、どうしよう!と必死にもがきましたよ。そんな時、結婚式業界では有名なワタベウェディングさんの式場のプロモーションにつながる企画を考えて下さい、と依頼を受けたんです。

どんな企画を考えたのでしょう?

いくつか考えた企画の中に、ジャストアイディアとして「ギフトとして贈る結婚式」という企画を入れておいたら、それが採用され、今は“Wedding Santa(ウェディングサンタ)”というブランド名で数々のギフト型結婚式のプロデュースを実施しています。

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↑Wedding Santaにて、友人からサプライズ結婚式をプレゼントされた新婦。

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↑Wedding Santaにて、孫から式をプレゼントされた92歳の花嫁。

特に印象に残っているのは、一番初めに手掛けた結婚式。お兄さん夫婦に結婚式をプレゼントしたいという女性からの依頼がきっかけでした。

どのような結婚式だったのですか。

依頼者の話によると、父親代わりとなって育ててくれたお兄さんは、その依頼者を含む4人の兄妹の学費を負担するため自らの大学進学を諦め、必死に稼いでいたそうです。そんなお兄さんに、身内だけで食事をすると嘘をついてウェディング会場に呼び出し、実は結婚式なんです!とサプライズして、チャペルに入場して頂く。すると親族一同がズラッと並び、友人たちが詰めかけ、クライマックスは4人兄妹からのお兄さんへの感謝の手紙が続く……。

後日、このイベントを通して家族の心のつながりが一層強まったと聞いて嬉しかったですし、結婚式事業の記念すべき第一歩だったので、あの時に見た景色や感覚は一生忘れません。

それ以外に“マスクdeお見合い”というサービスも提供されていますが?

弊社の株主であるロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが、もともと2010年からプライベートで行っていた企画です。彼が「マスクつけてお見合いをしたら面白そうだ」と、最初はジャストアイディアで始めたところ、大変評判がよく、どんどん参加者が集まり、東京で700人規模のイベントにまで膨れ上がったそうです。

これを弊社が引き継ぎ、今は月に4~6回、全国で開催しています。スマートフォンのアプリもリリースし、オンライン上のマッチングをしたり、オフラインでのマッチングイベントも提供しています。

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↑NON STYLE井上さんを司会に招いた回のマスクdeお見合い。

ユニークなイベントですね。

先日、マスクdeお見合いで出会ったカップルがご結婚された際には、結婚式のプロデュースをしたんですよ。誓いのキスで、新婦のベールを上げたらマスクをしている、という演出で皆様に楽しんで頂きました。そのご夫婦の間にお子様も誕生し、弊社のイベントがきっかけで新しい命を生むことができたと思うと、感慨深いものがあります。

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↑マスクdeお見合いで出逢い、結婚した夫婦の結婚式をプロデュース。

他社にはない、御社独自の特徴は?

結婚式をプロデュースするときは、必ず「誰にどんな想いを伝えたいか」を深くヒアリングしています。時間をかけて、その人の人生をシェアしてもらうんです。そしたら、まるで自分がその人になったかのように、色んな景色が見えてくる。そこから演出の提案をするため、プロデュース力が高い、と評価していただいてますね。

結婚式はこれまで人と人とが築いた関係性が浮き彫りになる場なので、日頃は照れくさくて言えない「愛してる」「ありがとう」といった想いを伝える場になってほしい という想いが根底にあります。それを伝えるために、どのような演出がいいのか、を最重要視して、提案しています。

そのため、弊社の結婚式は、場所やスタイルを問いません。上記のような、「想いを届ける」ことが最も大切と考えているため、結婚式のスタイルは自由だと思っているんです。なので、どこでも結婚式をプロデュースします。例えば体育館でも道端でも、こないだは都電荒川線を貸し切って結婚式を開催しました。豪華さや完璧さは、必要ないと考えています。

最後に、今後の展望を教えて下さい。

起業してこの3年はどういう価値を社会に提供するかに力を注いでいたので、今後は規模を拡大したいです。絶対価値があるので、世の中に早く大きく広めたい。また、結婚式やお見合いといったイベント時以外に、「何気ない日常」から人と人が心のつながりを実感できるようなサービスをつくりたいです。

あなたにとってLINKSとは

「昭和のご近所付き合いのような場。」
今は少ないですが、昔は近所に住んでいるというだけで、なぜか一体感がありましたよね。どこかに行ったらお土産を買ってきて近所に配ったり、子どもの成長を応援したり。
LINKSの他のメンバーさんとの関わりは、それと非常に似ています。
みんなの事業を応援しあったり、お土産をシェアしたりしています。
これまで一番印象的だったのは、ある方が「今日いいことがあったんで、みなさんにお菓子を買ってきました!」と言いながら、配られていたことですかね。嬉しいニュースをシェアしてもらえるって、実はなかなかないですよね。なんか無条件に心があったかくなりました。

PROFILE
松村アイキャッチ
株式会社DEFアニバーサリー 代表取締役社長
松村 佳依(まつむら けい)
体育会系のテニス少女だった松村さんは、実力主義の現場に身を置きたいとリクルートに就職。社会人一年目で達成率300%という記録を打ち立てるが、「心が満たされない」と起業を決意。現在はウェディング事業などを手掛ける会社の代表取締役社長として、人が“人との心のつながり”を実感できるサービスを提供している。
基本情報
役職:代表取締役社長
出生年:1990年
血液型:O型
出身地:兵庫県神戸市
出身高校:神戸海星女子学院高等学校
出身大学:東京工業大学 工学部
座右の銘
  • Live your life you love.Love your life you live!
プライベート
ニックネーム:おけい
趣味:テニス・ダンス・海外旅行
特技:テニス
尊敬する人:Roger Federer
年間読書数:20冊
心に残った本:日本で一番大切にしたい会社
心に残った映画:海賊と呼ばれた男
好きなスポーツ:テニス
好きな食べ物:そぼろ
嫌いな食べ物:海老
訪れた国:20カ国くらい
大切な習慣:徹夜はしない
口癖は?:なんとかなる
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