「このままじゃダメだ」。そんな危機感を16歳で抱き、ニュージーランドに留学をして現在の仕事の軸となるラグビー、そして英語という武器を手にした。異国で外国人として生活した経験があるからこそ、彼が日本でできること、やるべきことを熟知し、帰国から10年が経ってもなお“人に求められる存在”として幅広い分野で活躍している。

ラグビーとの出合いは留学先のニュージーランド

まずは、お仕事について教えて頂けますか。

主な仕事としましては、大阪体育大学ラグビー部のチームディレクターとしてマネージメントの統括をしています。

マネージメントといっても選手にプレーを指導する役割ではなく、チーム全体の総括といいますか。チームの価値や文化の構築、チームブランディングの向上を目指してチームの知名度を向上させていく、そういった仕事です。

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選手との関わりはあるのですか?

有望な高校生を発掘してリクルートしたり、大学ラグビーから社会人ラグビーに進みたい選手のサポートをするといった就職のサポートをしています。選手が社会人ラグビーにいってくれたら、先ほど申したチームのブランディングの向上にもつながりますからね。

希望の進路が社会人ラグビー以外の場合、就職説明会で色んな企業に選手を紹介させてもらって、採用して頂き、各々の企業様で活躍してくれれば、ラグビー部の価値も上がると、そんな風に考えながらサポートしています。

なるほど。

それ以外に、今年はラグビーワールドカップが日本で開催されるので“チーム・リエゾン”の仕事も請け負っています。リエゾンとは、試合のために来日する外国チームの面倒を見る現地受け入れ側のマネージャーのような存在で、僕はジョージアという国を担当することになりました。

今年は大学とW杯、その2つが大きな役割ですね。あとは、もともと社会人ラグビーの通訳をやっていましたから、単発で通訳の依頼が入ったりします。

以前、通訳をされていたのですか?

はい。三菱重工相模原ダイナボアーズで3年間、チームの外国人選手やコーチの通訳をはじめ、ビザ取得までの管理から引っ越し、銀行口座開設や携帯電話の契約などの生活面のサポートをしていました。その後、4年間はHonda HEATに移籍し、通訳としては計7年間チームに所属しました。

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チームを離れ、新たな挑戦をしたいと考えていたのですが、英語が話せて、ラグビーチームの事をよく理解しているという事で、すぐにU20日本代表チームのチームマネージャーのお話を頂きました。チーム活動の拠点は東京なのですが、大阪から遠隔で合宿や遠征の準備をしていたので、The Linksにお世話になり始めた当初は結構バタバタとしていたと思います。8月〜9月でウルグアイという国に遠征をし、その大会で見事優勝した時には努力が報われたとホッとしたのと国の代表という重圧から解放されたのを覚えています。

通訳としてのやりがいとは?

高校時代から約10年、ニュージーランドで生活していたので、オーストラリアやニュージーランドの選手をサポートしながら、「僕が多くの学びを得たニュージーランドでの経験を還元したい。今度は僕の母国で、命を懸けて頑張る選手たちに恩返しをしよう」と。そんな気持ちで自発的に働いていたので、とてもやりがいを感じていました。

16歳でニュージーランドに留学されたそうですね。

英語が話せる父の姿を見て、幼少時代から「いつか自分も」という気持ちがありました。留学を決断したきっかけは、中高一貫校の中学に通ううちに危機感が芽生えたからです。敷かれたレールの上に乗って、高校、そして大学に進学して良い会社にいく……、そんな人生はつまらないなと。

そんな時、親の後押しでニュージーランドに留学することになり、中学卒業後に1年間、日本で英語の専門学校に通って準備をして、ニュージーランドに留学しました。

すごい決断ですね。

今振り返ると、16歳の時、その決断をした自分が一番すごかったと思います。

とにかく「用意された線路の上を走っていくのは性に合わない。人と違うことがしたい」という一心でした。

ニュージーランドでどんな生活を送りましたか?

友達を作るのに一番手っ取り早いのはスポーツだと思って、ニュージーランドで人気のラグビーを始めることにしました。幸い、同じ年代の仲間は結束力が強かったので、すぐに友達ができて、今でも良い付き合いが続いています。

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高校卒業後は?

高校3年間続けたラグビーを辞めてしまうのはもったいないと、日本に帰らずオーグランド工科大学に進みました。

まだ自分の英語が完璧ではなかったので、ニュージーランドで勉強を続けたほうがいいだろうという理由もありました。

ラグビーとの関わりは?

地元のクラブチームに入団して、一番高いグレードであるプレミアの試合に出場したいと頑張っていましたね。向こうはピラミッドの底辺であるクラブチームから一番頂点に立つニュージーランド代表までが切り離されていないので、クラブチームにプロの選手や州代表選手がいるような、そういう環境でとても刺激的でしたよ。

3試合だけ、プレミアリーグに出場する機会があったので努力が報われたと思いました。

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大学生活はいかがでしたか。

大学に1年通ったあと、次の学年に進めるほど英語力が足りていなかったので、ワーキングホリデーのビザで働きながら入学に必要な英語能力判定試験のスコアを取って、また大学に戻りました。結果として2年半ほど大学に通い、卒業しました。

卒業後の進路は?

その時点でニュージーランドでの生活は7、8年、すっかりニュージーランドでの生活に慣れていましたから、大学時代にパートタイムで働いていた留学エージェント会社に入社し、現地で日本人留学生をサポートしました。

おかげで留学の仕組みが分かって、今は留学のサポートの仕事もやっているんですよ。携帯はどこで買ったらいいかとか、お金を節約するためにどうしたらいいかという生活のことから、留学をする際の心構えなどをアドバイスしています。

 

毎日来るなら、美味しいコーヒーが飲めるコワーキングスペースがいい

約10年暮らしたニュージーランドを離れた理由は?

僕が所属していたクラブチームに、日本の社会人選手が留学していたのがきっかけで「三菱重工のラグビーチームで通訳をしないか」と誘ってもらったのがきっかけです。ちょうど「そろそろ日本でチャレンジしたい」と思っていたタイミングだったので、日本に帰国することにしました。

10年ぶりの日本はいかがでしたか?

カルチャーショックがすごかったです。大阪の実家に帰る前に、用事があって新宿のホテルに泊まったんですけど、昨日まではニュージーランドで、部屋から海を眺めていたのに、今はビルに囲まれた景色……。衝撃的でしたね。

朝の通勤時間帯に、新宿駅で一心不乱に会社に向かうサラリーマンを見て「彼らは幸せなのだろうか」と考えたりもしました。でも帰国から10年が経って、そんな光景に今はもう慣れましたけど。

今後の目標を教えて下さい。

ラグビーにずっと関われたらいいですけど、プロの世界はいつ切られるか分からないリスクを抱えていますから。僕のことを使いたいと思ってもらえるよう自分の価値をもっと高めていかなければいけません。

ご自身の価値とは何だと?

小回りが利く人間であることですね。僕はプロとして、人から頼まれれば嫌な顔せず引き受ける、そして迅速に対応することが普通だと思っていますが、中にはそれができない人もいて。

同じチームで働くのであれば、小回りが利いて、使いやすい人間であることが大事ですから、その部分をさらに磨いて、この先も人から求められる存在でありたいと思います。

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起業した経緯とは?

社員になるのがピンとこなかったのと、これまで関わってきたのが三菱重工相模原ダイナボアーズ(三菱重工業)やHonda HEAT(本田技研工業)という大企業でしたので、法人化したほうがより信頼されるだろうと、そういった思いでした。

個人企業主として経理や税関係の処理のことを勉強できましたし、「社長さん」と呼ばれる嬉しさもあるんですよ(笑)。

では、THE LINKSとの関わりについて教えて下さい。

リンクスが2016年11月にできて、翌年5月に入会しました。当時住んでいた家から近かったのと、受付のコミュニケーターさんの印象が良く、何よりもコーヒーが美味しいのが決め手でした。毎日来るなら、美味しいコーヒーが飲めるところがいいですからね。

リンクスの代表・坂井は、コーヒーにこだわりを持っているので、喜んで頂けて良かったです。他の会員さんとの交流はありますか?

もちろん。ハングリー精神旺盛な人が多いので刺激を受けますね。例えば、リンクスで最初に会った時は大学生だった人が、今は起業して従業員やアルバイトの生活を支える立場になっている姿を見ると、僕にはできないことをやっていて立派だなと感心します。

コワーキングスペースだからこその出会い。

そうですね。僕の場合、家でコンピューターさえあればできる仕事ですけど、色んな会員さんと交流することでモチベーションが上がりますし、たまに頭の中のスイッチをラグビー以外の所に入れて物事を考えたい時があるので、そういう時にリンクスは重要な場所になっています。

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プライベートでもお付き合いはありますか?

交流会がある時には積極的に参加しています。自分の役割の1つに“ラグビーの普及”があるので、人と会える機会があれば「1人でも多くの人にラグビーの魅力を知ってもらいたい」という気持ちでプレゼンテーションします。

まだラグビーはメジャーなスポーツではないですから、観に行きたいという人を少しでも増やせたら嬉しいですね。

今後、リンクスに望むことは?

今は家が少し遠くなって自転車で来ているので、シャワールームと昼寝をする場所を作って欲しいです(笑)。

そのスペースの利用者が増えそうですね(笑)。では最後に、久門さんにとってリンクスはどんな場所ですか?

今は仕事との兼ね合いもあって週2、3回しか来られていませんが、たまに足を運んで皆に会って、美味しいコーヒーを飲むだけでエネルギーが得られる。リンクスは僕にとってそんな場所です。

 

PROFILE
久門さんアイキャッチ2
株式会社モアナフロンティア
久門 大朗(くもん たろう)
「このままじゃダメだ」。そんな危機感を16歳で抱き、ニュージーランドに留学をして現在の仕事の軸となるラグビー、そして英語という武器を手にした。異国で外国人として生活した経験があるからこそ、彼が日本でできること、やるべきことを熟知し、帰国から10年が経ってもなお“人に求められる存在”として幅広い分野で活躍している。
基本情報
役職:代表取締役
出生年:1982年
血液型:A
出身地:大阪府大阪市中央区
出身高校:Long Bay College, Auckland, New Zealand
出身大学:Auckland University of Technology(Diploma in Marketing)
所属団体、肩書き等
  • 大阪体育大学ラグビー部 チームディレクター
  • 2019ラグビーワールドカップ チームリエゾン
座右の銘
  • Little thing make a big difference(小さな事が大きな変化をもたらす)
プライベート
ニックネーム:タロウ
趣味:ラグビー、旅行、クロスフィット、ジム
特技:道を覚える
尊敬する人:リッチー・マコウ(ラグビー選手)
年間読書数:30-40冊
心に残った本:人生で捨てていいものいけないもの(川北義則著)
心に残った映画:アポロ13、Chasing Great
好きなマンガ:沈黙の艦隊、ジパング(かわぐちかいじ著)
好きなスポーツ:ラグビー
好きな食べ物:カレー
嫌いな食べ物:特になし
行きつけのお店:浪花そば北浜店、全国のHUB
訪れた国:17カ国
大切な習慣:オフラインになる時間を作る
口癖は?:「インチにこだわる。」「当たり前のことを当たり前にする」
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