大学時代に訪れたカンボジアでアンコールワット文化に魅了され、「この素晴らしい文化を多くの人に伝えたい」との思いで、デザイナーとして日本とカンボジアを行き来している北山さん。デザイナーとしてプロフェッショナルでありながら、自分のやりたいことも同時に実現すべくアジア発の手漉き紙のプロジェクトを立ち上げた、彼の思いとは?

文様や色が独特なアンコール文化に魅了された

どんなお仕事をされているのですか。

グラフィックデザイナーとしてロゴやポスター、リーフレットの制作、企業商品のプランディングを請け負っています。それプラス、カンボジアでもデザイナーとして、ものづくりや手仕事、ソーシャルビジネス、教育、観光業界で働く方々と一緒にブランディングからデザインまでを手掛けています。

デザイナーを目指したきっかけとは?

親に無料チケットをもらって、イームズの椅子展を観に行った時のこと。イームズは有名な建築家、家具デザイナーですが、当時は全く知らずに展覧会に行ったところ、ある1つの椅子を見て「なんてカッコイイんだ!僕もこういったものが作りたい」と衝撃が走りました。それがデザイナーを目指したきっかけです。

衝撃的な出合いだったのですね。

はい。それで家具デザイナーを目指して、プロダクトデザイン学科のある京都精華大学を受験しました。その学科にはプロダクトコミュニケーションとインテリアのコースがあって、インテリアが第一希望だったのですが、両方受験した時にプロダクトのほうが成績が良く、
それと同時に、今でも尊敬している丸谷彰教授のお話を聞く機会があり、先生は40年以上、滋賀県の朽木村でフィールドワークをして、村の人に取材をしながら映画を撮っていると。その先生に学ぶために、プロダクトに進むことに決めました。インテリアや時計、携帯といったモノをつくることを学びました。

どんな影響を受けましたか。

今の仕事につながっている“地域”や“手仕事”というテーマは、先生の影響が強いです。

それに大学時代の多感な時期に環境問題や社会問題について考えた時、「これだけ物が溢れている時代に、なぜデザインが必要なのか」と疑問を抱くようになって「せっかくなら人のため、世のためになることをしよう」と考えたことも今につながっています。

カンボジアとの出合いは?

「手で考える、足で考える」という先生が大切にしていた言葉があり、じっとして頭で考えるだけでなく手を動かしながら考えて、実際、その場所に行って足を動かして考えることが大事だと。

大学の図書館にこもって本を読んでいるだけで、文字や写真だけでは分からない海外を実際に体感してみたいと思うようになったんですね。

そこで初めての海外1人旅としてタイに行こうとしましたが、カンボジア行きのチケットが安かったので、カンボジアに1カ月滞在することにしました。

カンボジアでどんなことを感じましたか?

当時は、貧困や地雷といったネガティブな印象が強くて、街中でシンナーを吸っている子供もいれば、児童買春も……。そういった光景を見て苦しみましたが、シェムリアップに足を運んだ際、アンコール遺跡のレリーフやクメールシルクなど文様や色が独特なアンコール文化に衝撃を受けて。

カンボジアに行く前に興味を持っていた社会問題ではなく、ものづくりの世界に魅了され、この素晴らしい文化を伝えたいとの思いに突き動かされました。

01_アンコールワットのコピー 03レリーフのコピー

↑アンコールワットとアンコール遺跡のレリーフ

カンボジアで仕事をするようになった経緯とは?

まず帰国後に1年休学をして、ヨーロッパをはじめ、タイ、ラオス、ベトナムなど東南アジアを回りました。その間に、「僕は根が飽き性だから、1つの創作活動に絞るより“デザイナー”という人になることで色んな人や分野と関わることができるんじゃないか」と思い立ち、デザインを実践的に学ぶために大阪の制作会社に就職しました。

デザインを実践的に学ぶとは?

デザイナーは何かを作るイメージが強いと思いますが、それは工程の最後のほうだけ。一番時間をかけるのは「世の中の人が何を求めているか」「世の中に何を発信するか」を考えることです。

予算やお客さんの思いを汲むこと、それをどうやって世の中に届けるかなど、学生時代には学べなかった実践的なスキルは、仕事を通してでしか身につけられないものだと思います。

5年ほどで退職されていますね。

3年で辞めてカンボジアにいこうと思っていたので、人が3年かかるところを1年で身につける気持ちで、様々な分野のプロフェッショナルな方々とお仕事することで成長できた実感がありましたが、3年が経った頃、「独立するには、まだ実力が足りない」と。
そう思って会社に居続けようとも思ったのですが、この世界は10年経っても15年経っても満足できるところには到達しないんじゃないかと退職する決意をして、すぐに履歴書とポートフォリオをカンボジアの雑誌編集部に送りました。カンボジアに旅行する日本人向けの雑誌を発行している編集部でした。

行動が早いですね。

引き継ぎのために3、4カ月は会社に残って、その後、カンボジアに移住。給料は月5、6万円でしたけど、人とのつながりを作る良いチャンスだと。そんな思いで入社した矢先に、会社が経営悪化でクビに。早く独立しなさいという天からのお告げでもあるのかなと思い、独立して、1人でやっていくことにしました。

独立してどんな仕事を?

ご縁があって、日本人向けのガイドブックを制作することになり、取材や撮影をしていると、バナナの木から紙を作る“バナナペーパー”を作る会社とのつながりができて、観光客向けにポーチなどの新商品を作るプロジェクトに参加。

ロゴを作ったり、そのご縁で日本人コミュニティーのポスターを作ったり。それを見た別の日本人経営者が別の仕事を発注してくれて……と良い連鎖が生まれました。

物が溢れている日本ではなかなか経験できない、「良いものを作れば誰かが見てくれている」ことを実感できた機会でした。

 

色んな職種が集まるリンクスで、世の中を知る

カンボジアで働く面白さとは。

カンボジアの人は美術教育を受けていない人が多いですから、印刷会社に「赤色で」とお願いしてもピンクで出てきたりして(笑)。違うよ、と言っても、「いいじゃん!」みたいな感じなんです。だけど、人やプロジェクトによっては、色や商品のクオリティを考える美的感覚が身について仕事のクオリティが上がっていくんです。

そういった変化を目の当たりにすると、僕が役に立てたのかもしれないとやりがいを感じます。

日本では経験できないでしょうね。

もう1つ日本と違う点は、デザイナーが入ることでこれだけ売上が上がったと目に見える数字が出て、評価をして頂けるところです。

日本だとデザイナーやマーケティングなど色んな人が関わって細分化されているので、誰の責任かが分かりづらい。その点ではカンボジアで仕事をするほうが責任感と緊張感がありますが、やりがいも感じます。社会起業家の方々と一緒にするときは、売れれば安定的に事業を継続して大きくしていくことも、村の人たちを雇用することもできるので。

現在、手掛けているお仕事について教えて下さい。

アンコールワットのあるシェムリアップという街には国内外合わせて1年間で500万人ぐらいの観光客が訪れるので、その観光客向けのお土産のデザインをする一方で、自分のやりたいことを実現するため、手漉き紙のプロジェクト“paper jouney”を立ち上げました。

ペーパーレスと言われる時代ですが、“価値のある紙”がなくなることはないだろうとの思いで、カンボジア、ラオス、日本で活動をしています。

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↑カンボジアの手漉き紙に印刷された現地の写真

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↑現地の人々が手漉き紙を作る様子

どうして手漉き紙に行き着いたのですか?

カンボジアの紙に、カンボジアの写真を印刷したい―どこにでもある紙に印刷するだけではなく、素材にまでこだわってできないかと考えたのが始まりです。それに純粋に紙が好きなんです。
アジアには様々な手漉き紙があるので、それらを手にとってもらえる形にして人に伝えていこうと試行錯誤しているところです。

今後の展望とは?

カンボジアの観光客に依存するだけでなく、僕が関わったものを日本で販売できるお店を作りたい。日本とカンボジアを行ったり来たりしている立場として、そんな風に考えています。

それと、カンボジア以外の東南アジアでも手仕事、ものづくり、ソーシャルビジネスに関われる仕事を生み出して、日本と東南アジアをつなぐことが最大のテーマですね。

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↑シェムリアップでものづくりをする仲間とともに台湾で開催された国際展示会に出展

今後の活躍に期待しています。ところで、日本とカンボジアを行き来する北山さんがTHE LINKSを利用した経緯とは?

最初は東京を拠点にしたほうが、カンボジアや東南アジアの人にアピールしやすいと思いこんでいたのですが、思っていた以上に京都、大阪は世界的に有名で、それならわざわざ東京じゃなくても、地元の大阪を拠点にしたほうがいいと思ったんです。

前に勤めていた会社が土佐堀にあったので、リンクスのある地域に馴染みがあり、見学に来てみたら、人も空間も雰囲気が良くて。東京のコワーキングスペースで味わったような、そわそわ感を感じなかったんですね。

そわそわ感(笑)。

はい。東京のように、いわゆるマウンティングをしてくる人はいないですし、「ここは居心地が良い」と感じました。

印象的だった出会いは、コミュニケーターのラムさん。いきなり初日に「あなた、デザイナーなんだ。じゃあ、この人を紹介するよ」と僕と他の会員さんをつないでくれて。そういったことが自然に行われる空気感がリンクスには充満していると思います。

それが、北山さんが感じるリンクスの良さ。

そうですね。それに、色んな職種の人が集まっているので改めて「世の中ってこうだったんだ」と感じさせてくれるというか。

あなたにとってLINKSとは?

僕のようなデザイナーを始めクリエイティブな環境に身を置く人たちは、その世界でしか通用しない共通言語で成り立っていて、世界や見識を狭めてしまうこともあるので、色んな職種の人がいるリンクスは、僕にとって良い刺激の場になっています。

PROFILE
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KIT&Co.
北山 義浩(きたやま よしひろ)
大学時代に訪れたカンボジアでアンコールワット文化に魅了され、「この素晴らしい文化を多くの人に伝えたい」との思いで、デザイナーとして日本とカンボジアを行き来している北山さん。デザイナーとしてプロフェッショナルでありながら、自分のやりたいことも同時に実現すべくアジア発の手漉き紙のプロジェクトを立ち上げた、彼の思いとは?
基本情報
役職:アートディレクター / デザイナー
出生年:1988
血液型:O型
出身地:大阪府守口市
出身高校:大阪府立寝屋川高校
出身大学:京都精華大学 プロダクトデザイン学科
座右の銘
  • 手で考える。足で考える。
プライベート
ニックネーム:きたやま、よっしー
趣味:旅行、散歩、コーヒー
尊敬する人:丸谷彰(大学教授)
年間読書数:約30冊
心に残った本:「生きのびるためのデザイン」 ヴィクター・パパネック / 「民俗のふるさと」 宮本常一
心に残った映画:「男はつらいよ」 「LEON」
好きな食べ物:納豆卵かけごはん
行きつけのお店:グリルピエロ (江戸堀) / KCTV Restaurant Asian Food (シェムリアップ)
訪れた国:20カ国
大切な習慣:タバコを吸う
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